是枝裕和『万引き家族』

何を隠そう、私の萎んでいた読書ブームに再び火を点けた作品がこれ、『万引き家族』です。

 

まず映画を観に行って、それがあまりにも面白くてその足で書店に向い本を購入し、すぐに読み切りました。

いや~~~本当にそれくらい面白いです。個人的には、映画→本→映画の流れで楽しむことをお勧めします。

映像が頭に入っていれば本が読みやすいし、映像だけでは読み取れない(もしくは語られていない)ことなんかが本で知れて、その上でもう一度映画を観たら、絶対かなりめちゃくちゃウルトラハイパーエターナルフォースブリザードだと思う。やばい。

 

そろそろ内容に入りますが、これを読んだのがもう2か月も前のことなので、当時書き残していた感想ノート(笑)を参考に頑張ります。

映画の内容も入ると思うけど、許してね。あと、もちろんネタバレもがんがんします。

 

あらすじ

公式サイトをチェックしてくれ~~~~

高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。足りない生活費は、万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。 冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。

gaga.ne.jp

 

 

タイトルについて

 『万引き家族』っていうタイトルはダブルミーニングで、

・「万引き」をして生計を立てている家族

・家族のメンバーを「万引き」=他所からとってきた人たちで構成している

っていう。

 

この「家族」のあり方というか、「家族」とは、というのが、物語が問いかけて来る大きな問題としてずっとあったように思います。(弱気)

血のつながりだけが家族なのか?戸籍上は他人でも、自分の大切な人に向ける気持ちは愛情ではないのか?

 

この疑問と一番に向き合っていたのは、「母」として家にいた信代かなあ……。

ラスト、警察に捕まって取調を受けるなかで、「産んだら誰でも母になれるのか?」って女刑事に問うたり、子どもたち(祥太とりん)になんて呼ばれていたか聞かれて(これはめちゃくちゃ嫌味な質問です)、確かにふたりに対する気持ちは「母」のそれだったし、共有した時間も思い出もそうだったのに、呼ばれ方になんて一度もこだわったことはなかったのに、一度も「お母さん」って呼ばれたことがないこと、それからもう二度と呼ばれることはないことに気が付いて涙を流したりめっちゃしんどい。(オタク特有の早口)

ちなみにこのシーン、映画では「なんだろうね……」って信代が涙を流しながら呟くんですが、自分はふたりの何だったんだろうかっていう疑問や、現実を認めきれない気持ちがうかがえて劇場で泣きました。

安藤サクラさんの演技が始終最高です。

 

信代自身が実の母親に愛されなかった存在だったからこそ、愛の在り処を血のつながりに求める人たちが憎かったんだろうなあ。

私はあの子を産んではいない。でも、母だった。(p.252) 

 改めて読んで、ぐっとくる一文だ……。

 

やばいめっちゃ長くなりそうやばい。ので、他のぐっとポイントを語ります。

 

ぐっとポイント集

物語終盤の取調シーンで、刑事に「子どもに万引きさせるのは後ろめたくなかったですか?」って聞かれて、「俺……、他に教えられることが何もないんです」って治が答える場面。

その後シーンは変わって、施設に入った祥太と久しぶりに再会して、治のアパートで食事をするふたり。

コロッケをカップラーメンに浸して食べる祥太の真似をする治が、「……おいしいな。こうやって食べると」「誰に教わったんだ?」って祥太に問いかけるんだけど、祥太が無言で治を見つめて「俺だっけ」ってなるの!!

 

「父」として治が祥太に教えられたことは、万引きだけじゃなかったよう(泣)

 

ふたつの場面が意図的に対比みたいに描かれているのかはわからないけど、ひとりでうなりました。

 

 このふたりの場面だと、家族全員で海に行くところも好きです。

亜紀の発育した胸についつい目が行く祥太と、それに気づいて「男なら当たり前のこと」「なんてことはない」って笑いとばす治が、本当に親子だったよ……。

 

治って目の前の事にしか興味が向かないし、責任感はないし、本当に子どもなんだけど基本的にすごく優しい人(りんに「仕事」を教えることをよく思わない祥太に、「何か役に立った方が、りんもここに居やすいだろ」って言える(考えられる)、そもそも祥太やりんを保護(仮)しようと思える)で、だからこそ育ってきた環境を哀れに思ってしまうんだよなあ。

 

 

あとは亜紀がひたすら可愛くて愛おしくて心がいっぱいになりました。

4番さんの自傷行為の形跡に気づいて、「痛いよね……」って呟くところ、亜紀の優しさが滲んでて好きです。

人の劣等感とか寂しさとか、そういう弱いところを分かってあげて、共感できる亜紀が、「家族」の絆を誰よりも信じていた亜紀が、わたしは大好きです。

結局、その「家族」を終わらせるのは亜紀自身なのがしんどい。

バイトの源氏名を妹の名前にしてるのもしんどい。

22歳、亜紀ちゃん。好き。

 

 

それから祖母の初枝が、死の直前家族で海に行ったときに砂浜でつぶやいた言葉。

映画ではもごもごしてて聞き取れなかったんですが、本ではこんな風に描写されています。

太陽が雲に入って急に日が陰り、初枝は背中のあたりに寒気を感じた。

信代が合流し、5人は手をつないで波を待っている。その後ろ姿を見ながら、初枝は小さな声で呟いた。

 

「ありがとうございました」

 

しかし、その声は、波音と5人の笑い声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

(p.200)

 

お礼言ってたの~~~~~~~~~~~~~~????(泣)(泣)(泣)

家族のことを「死に水保険」なんて言っていた初枝が、自分の死期を悟った上で家族に感謝をすることに、どんな意味があるんだろう。

読解力が乏しすぎて悔しいけど、少なくとも初枝はこの「家族」のあり方に満足してたんじゃないかなあ。

じゃないと人生の最後の最後に「ありがとう」なんて言えない、よね、、、?

しかもこの言葉は「家族」の誰の耳にも届かないっていう。

この(血の繋がりという意味で)偽りの家族のつながりきれない脆さが滲んでいて寂しいです。

初枝のこの言葉が、せめて誰よりも初枝のことが好きだった亜紀のもとに届いていたら、何か違ったんじゃないかと思ってしまう亜紀を救済したいオタク。

そしてこの場面を初枝役の樹木希林さんが、あえて言葉をはっきり発することなく表現したの、すごすぎませんか……?

 

本当はまだまだ書きたいことがたくさんありますが、あんまりだらだらしてもよくないと思うので、そろそろまとめに入ります。

 

 

最後に

なんというか、映画も本も、本当に面白かったなと思える作品でした。

何か物語に大きな盛り上がりがあるとか、そんなんじゃないんですが、だからこそ引き込まれてしまう不思議な作品です。

結局りんが一番悲惨な環境に落ち着いてしまったわけだけど、それが余計に「万引き家族」が悪なのか?って疑問になってしまう。もちろん万引きっていう行為自体は立派な犯罪で悪なんだけどね。

 

人の価値観は、生まれ育った環境や経験が大きく影響をするけれど、そのことを痛いほど学ぶ作品でもありました。

それぞれの生い立ちによって苦悩したり、あるいは人格に欠陥(って言ったら語弊がありそう)を抱えたり、「家族」が必然的に悪に手を染めてしまうことが、悲しいというか、やるせないというか、うーーんこういう自分の考えも所謂一般論で、うーーん、まとまらん……。

そんな中で祥太はとても聡明な印象を受けました。

「万引き」がいけないことだと自覚することもそうですし、それから自分の意志で父に反発をしたり、りんを庇おうとしたり、すごい。

祥太は賢い子だったからこそ、治と信代のことを「父ちゃん」「母ちゃん」って呼べなかったんじゃないかな、なんて考えています。

治と本当に最後のお別れをして、もう二度と会わないと決めた心で誰にも聞こえないようにつぶやいた「父ちゃん」、今まで一度も口にしなかったその言葉、声に出してみて、祥太の胸にすとんと落ちたんかなあ。

 

物語内で取り上げられる問題は「家族」のかたちだけではなくて、ネグレクトや虐待、年金の不正受給等々……いろいろな社会問題が密に組み込まれていて、頭の良い人が読んだら(観たら)もっともっと面白いんだろうなあって思うととても悔しいです。

 

家族ってなんだろうね。他人と何が違うんだろう。

そんなことを、昔筒井康隆『台所にいたスパイ』『家族八景』を読んで考えたなあなんてことを思い出しました。

 康隆自身も、家族のあり方に着目した作品をいくつも書いていて、同じテーマを取り上げた作品としてもどっちも面白いので興味があったらぜひ。

くさり ホラー短篇集 (角川文庫)
 

 

 

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

 

とにもかくにも、『万引き家族』という作品がわたしに与えた衝撃は大きかったです。

また落ち着いたら読み返したいと思います。

 

 

万引き家族【映画小説化作品】

万引き家族【映画小説化作品】

 

 

 見出しのつかい方が下手過ぎて泣きました。