島本理生『Red』
今回の本はこれ!
たまにはいつも読まないようなジャンルの作品が読みたいなあと思って手に取ったのが『Red』です。
表紙からなんとなく察せるように、ちょっとだけ官能的な小説。
その描写も濃密で生々しいけれど、決して下品ではなくて、むしろ主人公を思うと胸が苦しくなるほど切なくて何度も泣いてしまいました。
いつもの裏表紙あらすじはこちら。
夫の両親と同居する塔子は、可愛い娘がいて姑とも仲がよく、恵まれた環境にいるはずだった。だが、かつての恋人との偶然の再会が塔子を目覚めさせる。胸を突くような彼の問いに、仕舞い込んでいた不満や疑問がひとつ、またひとつと姿を現し、快楽の世界へも引き寄せられていく。上手くいかないのは、セックスだけだったのに――。
主人公の村主塔子は、30歳の専業主婦です。端正な顔立ちでそれなりに収入のある夫(真)と、元気で可愛い娘(翠)と、気さくな姑(麻子)とその旦那と同居していて、はたから見ればいわゆる「勝ち組」のような女性です。
本人も自分が恵まれた環境にあることを自覚しているものの、どこか満たされないものがあって、それが夫・真との関係でした。
真は長女の翠が生まれてから、塔子と肉体関係を結ぼうとしなくなったのです。
塔子から誘ってみれば、女がそういうことを口にするのってどうなの、と引いてしまうし、そうなると塔子は冗談だよ、と笑うしかありません。
それでも真の浮気が怖い塔子はオーラルセックスを提案するのですが、これにはあっさりと頷き受け入れる辺りが、また塔子の胸を重たくさせます。
なんというか、真って与えられるばかりで塔子に何かしてあげるってことがないんですよね。してあげないどころか、してあげようとすら思ってない。
肉体関係のこともそうだし、子どものことや家のことも、塔子がして当然だと思っている。
その現状が真にとっては当たり前で満足しているから、それ以上のアクションは起こせないんです。
塔子と向き合うとき、塔子自身ではなくて母や妻という肩書きを通してでしか塔子を見れないから、自分自身が必要とされている実感のない塔子の心は満たされない。
真の母である麻子も同様で、気さくで優しいんだけれど塔子自身を見ていない。
そういう生活の中の心のひっかかりが塔子の胸にずっとあって、そんな中で再会するかつての恋人鞍田さんの存在ですよ!!
鞍田さんはTHE・年上って感じの男性で、塔子が家庭では埋めることのできない心の隙間を優しく、熱烈に埋めていきます。
塔子が抱える孤独を見抜いて、寄り添う様子は惚れるしかない……。
鞍田さんと塔子が那須の温泉地に旅行に訪れ、宿で身体を重ねる場面が印象的だったので引用します。
腰遣いが激しくなってきたとき、心臓をぐっと持ち上げられたように、なにかが迫り上がってきた。言っちゃだめ、とひそかに焦った。けっして私から口に出してはいけない言葉。それなのに勝手に出てきてしまう。溢れる。
「好き」
私はとうとう、しがみついて言った。
「好きです。鞍田さん、好き」 (p.259)
ア~~~~~~~~~~~~~~;;;(泣)(泣)(泣)
むり、、、、、、、;;;;
さらに塔子の心情描写は以下に続きます。
好きになってから抱き合うのだと思っていた。快感が先に来て、それによって体から引きずり出される言葉だなんて知らなかった。好き、とくり返すたびに寒空の下で温泉に浸かったときに似た幸福感が全身に広がった。温かくて幸せでなにも不足がない。 (p.259)
切ない。
塔子が胸のうちで「幸せ」だと思う瞬間が、心が満たされていると実感する瞬間が鞍田さんに抱かれているときなの、本当に切ない。
「温かくて幸せでなにも不足がない」っていう塔子の思いの切なさといったらない。
夫からは決して与えられない幸福感でいっぱいの塔子の胸からあふれる、鞍田さんへの「好き」の言葉が苦しいよ~~~~
(個人的に「好き」という思いや言葉が快感によって体から引きずり出されるっていうの、本当にすごいと思うんですけどどうですか?盲点というか、ある意味真実というか、よく書けたというか)
ここまで思うほど、塔子は寂しかったんだと思うとつらいですね。
けど他の人の感想を見ていると、塔子に共感ができないっていう意見がとても多くて、だから必然的に塔子の言動に否定的な人が多数派っぽかったです。
なんでやねーーーーーーーーーーーーーん!!!!
たしかに塔子には守るべき家庭があって、妻であり母である女性としての彼女の行動は軽率です。
でも、塔子の心情をちゃんと読んでいれば、ただ非難することはできないと思うんですよね……。
誰にも自分自身を認めてもらえなくて、どこに居ても寂しくて、苦しい苦しいってもがいてもどうにもできない中、そんな思いを全部まとめてすくってくれる人が現れたら、どれだけ頭でだめだって分かっていても、縋っちゃうんじゃないのかなあ。
不倫は認められるわけじゃないけど、救いを求めること自体は絶対悪くないし。
そんな風に思ってしまうから、わたしは塔子の胸の内を思うと本当にしんどいし、鞍田さんがそんな彼女を幸せにしてくれるんだと思ったらほっとしました。
その反面塔子の周り、特に夫の真に対してはお前はなにやってんねんと、男ちゃうんか?と、村主家に乗り込んでお説教したい思いでいっぱいでした。
でもですよ、でもでもなんですよ。
読み進めていると、どうやら真たちをただ責めることもできなくなってくるんです。
というのも、真や麻子には悪意が微塵もない。
真は一途で家庭を大切にしていて、その為にしっかり働くし、麻子も塔子を気遣って孫のお世話をよくしてくれる、根は優しい人たちなんですよね。
だからこそ塔子は逃げられなかったんだろうなと思います。
特に真についてはエピローグで衝撃の告白があり、ぎゃ~~~ってなります。
このブログを書くにあたってその場面を読み直したんですが、ぼろ泣きしました。
真には真の苦しみがあって、それを塔子は知らない。
たとえ両親や娘がいても、僕もまたひとりぼっちです。僕の心の中だって誰も分からないのです。 (p.486)
と、塔子に宛てた手紙の中で真は語ります。
この手紙の内容全部引用したいくらいサイコーなんですが、まあまあ長いので諦めます、本文読んで。(読んで)
結論を言うと、真は塔子と結婚するまで、女性と付き合ったことが一度もなく、そのことを塔子に隠していました。
それは真の過去の経験が原因になっていて、真がことあるごとに麻子の肩を持とうとするのもそこに起因していました。
そんな中で初めて好きだと思えたのが塔子です。
何度も会って、こんなにいつも笑顔で、僕が傷ついたり嫌な気分になることを言わない優しい女性がいたのかと驚きました。あなたが意外と恋愛慣れしていることに引け目を感じて、つい反撥してしまう僕を、それでも大事にしてくれて本当に幸せでした。
いつか塔子は僕に訊いた。あなたにとって結婚とはなに、と。
生涯でただ一人好きになった女性と一緒になったこと。
僕にとっては、それが結婚のすべてでした。
ここを読んでもらっただけでも分かると思うんですけど、真の塔子への思いは切実なんですよね。
だったらなんでって思っちゃうんですけど。
塔子がおしゃれをしたときに気づいてあげるとか、塔子の社会復帰や子育てについて理解をしようとするとか、塔子から誘われたときにせめて恥ずかしい思いをさせないようにするとか、できることはたくさんあったはずやで。
そういうのをほっぽって愛してほしい、尽くしてほしいって思うのもちょっとずれてるなってやっぱなる。
でも真の思いには心打たれる。
だから、もうなんていうか全体的にしんどい!!むり
まあ真は塔子のことを「僕が傷ついたり嫌な気分になることを言わない優しい女性」って言っているけど、これも結局なるべく自分を殺して周りにあわせようとする、自分らしさを出せない塔子が好きって言ってるようなもんで、読者からすると皮肉っぽい。
もう一人名脇役に小鷹くんっていう、塔子の職場の年下の先輩がいるんですけど、その人がはちゃめちゃに悪くてずるくてかっこいい。
わたしは鞍田さん派ですが、あの時あの場面だと絶対小鷹くんに抱かれてます。何の話やねん。
いやでもそう思っちゃうくらいアツい展開があるんです、読んで。(読んで)
そんで小鷹くんのずるさの虜になってくれ、全人類。
まあそんな感じで本当にしんどいし切ないし悲しいしでも面白い作品でした。
塔子が誰を選ぶのかは、その目で確かめてほしいです。
ここには書ききれていない様々な要素があるし、エピローグを読むとまた違った視点で物語が把握できてより面白いので、ぜひぜひ。ぜひ。
あと、タイトルがなんで『Red』なのか分かってないので、誰か教えてください。
たまには本選びで冒険してみるのもいいなって本気で思いました。
最後に、昨日出会った曲がこの作品とどこかリンクしているなあと思ったので紹介しておきます。
私に不倫願望はありません。(たぶん)